色気と華
格闘技ファンの間でよく言われる選手の「色気」もしくは「華」。
よくよく考えてみるとこの両者は明らかに違うものですね。
今まで僕の少ない格闘技観戦歴の中で、ゾクっとするほどの色気を感じた選手は
アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラただ一人です。
2004年のヘビー級グランプリ決勝戦で、1分で小川直也を倒したエメリヤエンコ・ヒョードルに対して
セルゲイ・ハリトーノフという強敵とフルラウンド戦い抜いたて辛勝を収めたノゲイラ。
大きなアドバンテージを持つ最強の強敵に対して、悲壮感溢れるノゲイラの入場シーンには
今思い出しても胸が張り裂けそうなほどの色気を感じました(ちなみに僕はゲイではありません)。
そう、選手の「色気」とは「悲壮感」との表裏一体の関係であり、
絶望的に不利な状況でありながらそこに立ち向かう選手の男気を我々観客が受け止めた時に
感じるものなのではないでしょうか。
ジョシュ・バーネット対ミルコ・クロコップの時や、
先日のヒョードル対ミルコのタイトルマッチの時にも
同じように胸が張り裂けそうな感じを受けましたが、
それはどちらにも負けて欲しくない自分の願望のせいだったと思います。
それとは逆に「華」のある選手は結構いますね。
PRIDE選手だとミルコ、ヴァンダレイ・シウバ、マウリシオ・ショーグン、ジェームス・トンプソン、
ギルバート・アイブル、小川、五味隆典、桜庭和志、美濃輪育久、チェ・ム・ベ、クイントン・ジャクソン、
ケビン・ランデルマン、フィル・バローニってとこですか。